「無病法 極少食の威力」読みました 本日はメルマガ発行

前エントリーでも紹介しましたけど、まずはやはりこちらから。

保守速報さん
【緊急拡散】 テキサス親父が『グレンデール市の売春婦像を撤去しろと言う ホワイトハウスの署名』を立ち上げました。サインと拡散を是非、宜しくお願いします
http://www.hoshusokuhou.com/archives/34842866.html


私もすでに署名(クリックするだけです)しています。

1月10までに10万筆必要なのですが、現時点(2013年12月20日午前)でまだ5万筆を超えたあたりです。


ぜひ署名のご協力と拡散をよろしくお願い致します!


さて、先日「無病法 極少食の威力」という本を読みました。

タイトルどおり、少食による健康維持を説いた本です。

なんと著者はイタリアルネサンス期の貴族で、ルイジ・コルナロという人物です。


貴族だけにコルナロは若い頃から暴飲暴食に明け暮れていました。

そのため30歳で深刻な成人病を発症し、「40代で命を落とす」と医師から宣告されてしまいます。


最悪の事態を回避する唯一の手段としてコルナロが提案されたのは、「食事の量を大幅に減らす」ことでした。


ただの少食ではなく、大幅に減らす「極少食」です。


この「極少食」の実践により、コルナロの身体はみるみる快復。


「もう死ぬ」と宣告されたのがウソのように、完全な健康体にまで復活するのです。


その結果、当時としては異例の102歳まで生き、最期は眠るように亡くなったそうです。


コルナロの食事量は、一日あたり350グラムの食べ物と400CCの飲み物(ワイン)だけでした。

これを二回に分けて食していたのです。


つまり一食あたり食べ物約170グラム、ワイン200CCだけ。

170グラムといえば、ご飯にすると小さなお茶碗一杯分くらいです。


少ないですよね!


食べなさすぎだろ、と思えますが、この食事により、コルナロは80歳を過ぎても


・乗馬や登山を楽しむ
・戯曲や論文を執筆
・自ら歌い、音楽を楽しむ


という生活をしたそうです。

ちなみに歌は、「声の良さは、孫にも負けていない。私の声は今が一番大きく、非常に朗々としている」のだとか。


日本では西式はじめ、少食をとりいれた健康法は多くありますが、ルネサンス期のイタリアですでに少食の有効性が主張されていたのはちょっと意外でした。


およそ500年前から「食う量を減らせ!」と戒められていたわけですね。


少食に関する本は私もいくつか読みましたけど、外国での話は初めてでした。

そのためとても新鮮で、実に興味深かったです。


少食に興味があるなら、一度手にとってはいかがでしょうか。

コルテロがどんなものを食べていたか、も紹介されています。


さて、本日はメルマガを発行致します。

この「無病法」から、体を動かす件について。


少食の本なのに、運動の箇所をとりあげるのはどうかとも思いますが、個人的にインパクトが強かったのでお知らせします。


それと「有名人の健康関連話」でお知らせする、道端アンジェリカさんの入浴法も、私がへぇ~と感動したものです。


少し(100円程度)の予算で、かなり効果が期待できる美容法です。

いつものように、夜7時ごろ配送予定です。


私のメルマガ「健康への試行錯誤」についてはこちらをご覧ください。


無病法
無病法

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伊達政宗 飲水習慣・医学知識 食事への意識 「手を洗え」 暖房は使わず

とんでもなく冷え込んでいますね。


「この冬一番の冷え込み」の中ですが、私は相変わらず暖房なしで生活しております。

(来客時には暖房器具を使いますよ)


先日読んだ「日本史偉人『健康長寿法』森村宗冬 著」によると、戦国武将のひとり伊達正宗も暖房は使わなかったそうです。


その他の健康関連話と合わせて紹介します。

伊達政宗の遺骨は、1974年に発掘調査されています。


その遺骨から、政宗は

身長159cm 血液型B型 筋肉質で逞しい 下あごがガッチリしている

人物だったことが判明しています。


医学の知識は玄人はだしで、家臣が病気になると政宗が診察していました。

脈をとり、処方すべき薬までも判断し、その旨医師に伝えると、一度として誤ることがなかったのだとか。


当然、自身の診察も自分で済ませてしまうわけですが、だからといって医師を軽視することなく、自分の診断が怪しいと感じたらすぐに医師と相談し、治療をしていました。


また政宗は

「夏はもちろん、冬であっても大きな茶碗で水を何度も飲んでいた」

そうです。


まるで現代のモデルのようです。


糖尿病ではのどが渇きますが、政宗が糖尿病であった形跡はありません。


政宗の場合は「水を欠かさず飲むと健康に良い」と意識して飲んでいたと考えられます。


また政宗は、食事に対しては


「人は身分に関係なく、朝飯・夕飯とも好物中心に喰うが良い。
好きでもないものを喰っても、身体に良いはずがない」


と語っていました。


献立を前もってチェックし、気に入らないところは修正して料理方に渡していました。


早寝早起きと清潔な生活も心がけていました。


周囲にも「常に手を洗うことを忘れるな」と言い聞かせていたそうです。


さらに、


「冬でさえ小袖三枚も着重ねることはなく、頭巾もかぶらなかった。
炬燵も布団をはねのけてあたらず、手を暖めるのみ。
冬であってもときどき裸になった」


のだとか。


つまり冬でも薄着で、暖房器具で身体を温めることはなかったのです。


「冬でも水を飲む」
「手を洗う」
「冬でも薄着」
「暖房を使わない


現代でも十分通用しそうです。

森村宗冬 著 「日本史偉人『健康長寿法』」62~67ページを参考にしました。


日本史偉人「健康長寿法」 (講談社プラスアルファ新書)
日本史偉人「健康長寿法」 (講談社プラスアルファ新書)

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小野田寛郎さんの食事に対する考え・健康チェック 本日はメルマガ

昭和49年フィリピンのルバング島から帰国した元陸軍少尉、小野田寛郎さんは今年90歳になりました。


現在はブラジルで牧場経営をしており、日本では小野田自然塾というキャンプ教室を主宰しています。


1年のうち三ヶ月はブラジルで牧場経営、残りの九ヶ月は日本で過ごしています。


90歳になったいまでも背筋はピンと伸び、凛々しい印象の小野田さんは「食べものは、その人の身にあったものを食べるのが一番」という考えです。


「食べてみて、お腹の調子が正常で、翌日元気が良かったら、それを食べるのがいい」


小野田さんは肉が好きで、奥さんからは野菜も食べるよう言われますが、「嫌いなものはできるだけ食べない」という考えなので、野菜はあまり食べません。


戦争から帰ってきてアユを食べたら、アユがイワシのように脂臭かったそうです。
鶏の唐揚げを食べたら、それもぬか臭いと感じました。


「昔はああだったはず、こうだったはず」という食べものばかりで、いわゆる本当の味がないから、魅力が無い、と感じています。


運動もやりたいときにやる、という主義で、それが自分の身に合っているのだそうです。


「食べものでも何でも、自分を良く知って、それに合うようにと自分を工夫していけばいい。でも、そういうことも教えてもらわなきゃこまるという、自分で考えられない人がいるんですね」


健康に無頓着なように思えますが、決してそうではなく、


「自分以外に誰も気をつけてくれないんだから、自分の健康、体調のチェックは毎朝欠かしません。

痛いところや身体が疲れているところなんかは、朝起きたときが一番わかると思う。活動し出したらわかんなくなっちゃう」


戦争中の強烈な体験から、「死に関して不感症になったので、死ぬのは怖くなくなった」そうです。

週刊文春2012年8月9日号144~148ページを参考にしました。


本日はメルマガを発行致します。

「究極の少食」を実行している方についてお知らせします。
19時頃に配送する予定です。



【送料無料】日本の未来を託す! [ 小野田寛郎 ]

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健康関連話 デカルト 中江兆民 肺炎 喉頭がん

河村市長の「南京事件は無かった」発言が、波紋を広げていますね。


この発言に対する要人のコメントがまとめてありました。

橋下、河村発言に慎重求める
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4564.html


この件は「日本のためになる信条の持ち主かどうか」を調べるのに実に有効なリトマス試験紙になっています。


以前も書きましたけど、私は河村市長の発言を全面的に支持致します。


さて、歴史上の人物の健康関連話シリーズは今回で完結です。


今回はデカルトと中江兆民についてお知らせします。


このコンテンツは、九州スポーツ新聞「ヘルス」欄に連載されている、若林利光医師の「長寿の道しるべ」を参考にしています。

各項目後に掲載された日付を記載しています。

■ルネ・デカルト

「我思う、ゆえに我あり」で有名なフランスの哲学者、ルネ・デカルトは、ヨーロッパを転々とした後、32歳でオランダに住み始める。


以後21年間オランダで過ごしたデカルトだったが、神学者に対する迫害がひどくなり、スウェーデンのクリスチナ女王の誘いを受けてスウェーデンに移住する。


しかしスウェーデンの予想以上の寒さにデカルトは辟易し、「この国では人の思想も、水と同じく凍ってしまう」とまでコメントしている。


1650年1月からクリスチナ女王に講義をすることになったが、朝5時から始まるため、朝に弱いデカルトには辛かった。


ある日、同じ大使館で生活していた親友のシャニュが肺炎を発症し、デカルトが看病を始める。

すると肺炎がデカルトにうつってしまう。


皮肉なことにシャニュは回復し、デカルトは肺炎を悪化させて亡くなってしまう。
1950年2月11日、53歳だった。

(平成23年 3月16日)


■中江兆民

日本における自由民権運動の理論的指導者として活躍した中江兆民は、53歳のとき喉の痛みを感じて診察を受ける。


自分の症状が悪いとの自覚があったからか、兆民は医師に病名を教えて欲しいと訴える。

すると医師の答えは「喉頭がんで、余命1年半」だった。


それでも兆民は落胆することなく、「残された1年半を全力で生きよう」と決意。


当時大好評を得た「一年有半」を執筆し、続編まで出版する。


しかしその間も病状は悪化し、ついには呼吸困難になってしまう。

気管切開を受け、声を失った兆民は、筆談により自分の意思を伝え始めるが、やがてそれもままならなくなる。

1901年12月13日、54歳で他界。


喉頭がんは飲酒と喫煙習慣のある40歳以上の男性に多い。

兆民も塾での講義では傍らに酒瓶を置いており、また愛煙家でもあった。

(平成23年 11月2日)


楽天市場を「若林利光」で検索しました


デカルト入門 (ちくま新書)
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健康関連話 グレゴリー・ペック チャールトン・ヘストン

前回に続き、有名人の健康関連話です。


今回は米国の映画俳優を二人紹介します。
二人ともなかなかの長寿で、大往生だったと言えそうです。


このコンテンツは、九州スポーツ新聞「ヘルス」欄に連載されている、若林利光医師の「長寿の道しるべ」を参考に作成しています。

各項目後に、掲載された日付を記載しています。

■チャールトン・ヘストン

「ベン・ハー」や「猿の惑星」など多くの映画で活躍したヘストンは、公民権運動に参加し、全米ライフル協会会長にも就任するな、ど映画界以外でも精力的に活動した。


タフガイのヘストンも、75歳で前立腺がんを発症。
放射線治療が功を奏すが、2年後にはアルコール依存症になってしまう。


さらに2年後の79歳にはアルツハイマー病であると公表。


公表から3年後、病状は悪化して寝たきりに近い状態になり、その後は闘病生活が続く。


ハリウッドきっての愛妻家だったヘストンは、64年間の結婚生活を全うし、最期は夫人のリディア・クラークに見守られながら安らかに亡くなった。

享年84だった。

(平成23年 12月21日)


■グレゴリー・ペック

「ローマの休日」でオードリー・ヘップバーンと共演し、日本でもよく知られたグレゴリー・ペックは、アクションシーンもお手のものだった。


若い頃は酒豪で知られていたが、心臓発作を起こし入院してしまう。


医学も勉強していたペックは、飲み過ぎが良くないと悟り、以後酒量を制限し始める。


ただし断酒したわけではなく、タバコは吸い続けた。


映画デビューから引退まで52年間も現役俳優として活躍したペックは、2003年6月12日に87歳で亡くなっている。

肺炎だったが、自宅で奥さんに看取られながらの静かな最期だった。

(平成23年10月26日)


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健康関連話 上杉謙信 徳川吉宗 脳卒中 腎障害

先日紹介した台湾への旅行について、こんな記事がありました。

台湾訪問の日本人129万人超え、深まる台日交流―台湾メディア
http://blog.livedoor.jp/newskorea/archives/1649382.html

台湾旅行を計画中の方には、有益な情報(主に食べ物関連)が一杯です。


さて、今回から数回に分けて「有名人の健康関連話」をお知らせします。
メルマガ記事の再掲ではありません。


主に歴史上の人物の話題です。


九州スポーツ新聞「ヘルス」欄に連載されている、若林利光医師の「長寿の道しるべ」を参考にしています。

各項目後に掲載された日付を記載しています。

■上杉謙信

41歳の時、脳梗塞と思われる発作を起こし、その後は手が震えて字を書くのが困難になる。
右手に症状が出ているので左脳に梗塞が起きたと考えられる。

これ以前にも、戦場で発作を起こし「謙信倒れる」と敵方の北条勢を喜ばせている。


大変な酒好きに加え、越後の寒冷な気候も血管にダメージを与えた可能性が高い。


天正6年3月9日トイレで倒れ、4日後に亡くなる。


言葉を話せなくなっていたことから、この時も左脳に梗塞が発生したと思われる。

享年49で、ちなみに信長が亡くなったのも49歳。

(平成22年 10月27日)


■徳川吉宗

質素倹約を奨励し、自身の食事も贅沢をやめ、一汁三菜にする。

小石川養生所を設置して庶民の健康に配慮する一方、医師には幕府の書を貸与し、医師から著書の献上を受ける。


自ら薬を作り部下たちに与えるほど医療に理解が深かった。


61歳を前に、長男家重に家督を譲り隠居。
その翌年、脳卒中で倒れる。


外出できるまでに回復するが、4年後に病状は悪化する。

死の3ヵ月前には鷹狩りをするも、満66歳で死去。


腎臓に障害があったとされる。

(平成22年 11月10日)

偉人たちのお脈拝見―英傑の死の謎にせまる
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杉田玄白 度重なる病との闘い

「解体新書」を書いた杉田玄白は医者だったため、自分の体調を客観的に、克明に記録していました。


83歳まで生きましたが、晩年は次々と襲う病との闘いに耐える日々だったようです。


玄白は癪(「しゃく」 胃・十二指腸潰瘍や胆石)の持病があったものの、それ以外は特に大きな病を患いませんでした。


若いころ飲んでいた酒は、中年を過ぎてやめています。


玄白が体を壊すきっかけになったのは、可愛がっていた孫の死です。


ショックのあまり寝込むようになり、めっきり老け込んでしまいました。
以来、数々の体調不良に襲われます。


・長距離を歩けなくなる
・遠くも近くも見えにくくなり、読書や書きものも満足にできなくなる
・鼻詰まりで嗅覚も鈍くなる
・難聴と耳鳴りに悩まされ始める
・歯も60歳頃から抜け始め、80歳になると歯が全て抜けてしまう
・さらには便秘、頻尿も
・パーキンソン病と思われる歩行困難(突進歩行)も発症


医師である玄白も、闘病の辛さからか「死んだほうがましではないかと思うこともある」と言うようになります。


そんなときは散歩をしたり、弟子たちと話をして気分を紛らわしました。


最期は数日間病臥したものの、苦しむことなく亡くなりました。

複数の病に悩まされたにも関わらず、認知症にはならなかったようです。


平成23年2月23日九州スポーツ新聞
若林利光医師のコラム「長寿への道しるべ」を参考にしました。


杉田玄白 (人物叢書)
杉田玄白 (人物叢書)

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二宮尊徳の生活習慣 早起き 勤勉 像撤去は愚行の極み 今日は熊本でデモ

しばらく声を出して笑ってしまいました。


香山リカ 「教師が君が代を歌ったら犯罪率は下がるんですか?下がらなかったらどうするんですか?」
http://blog.livedoor.jp/newskorea/archives/1637137.html


現在の日本は、マスゴミや日教組、サヨク勢力など、日本を貶めたい連中が社会システムを牛耳っています。


そのシステムを変えられたくないため、香山リカや薬師院仁志、山口二郎みたいな連中が「変えようとする人」を何やかやとあげつらうわけです。


でも、よく聞いてみるとこいつらの言ってることって、批判ですらないただの「妨害雑音」なんですよ。


ネットが普及してそれがバレるようになりました。
今後は妨害雑音を発しているだけではメシが食えなくなるでしょう。


(本日も雑記で埋まりそうな展開ですが、健康要素は一応あります)

「日本を貶めたい」と言えば、こんな記事も。


各地で「二宮金次郎像」撤去相次ぐ「歩いて本を読むのは危険」 勤勉精神いまは昔
http://news.2chblog.jp/archives/51669281.html


はっきり言います。

撤去しろと騒いでいる首謀者は、日本の古き良き精神性を破壊したい連中に間違いありません。


何が「歩いて本を読むのは危険」ですか。


上のレスにもありますけど、そんなものは言いがかりに過ぎません。
二宮金次郎像の本質は、そんなくだらないことではないでしょう。


以下のような、金次郎の生活態度と勤勉性に習おう、という主旨があるはずです。


深夜零時に寝て午前四時に起きる
↓ 
行灯の明かりで朝食を済ませ

農業指導のために村を見回る


早起きはもともと村の古老に奨励されたもので、 


朝目が覚めたら再び眠るな
その日の仕事の順序やその他の段取りを考えよ
朝早く野良に出よ
手筋が見えたら働くべきものだ
夕暮れにはなるべく早く帰れ


と心掛けていたのです。


このコンテンツを作っていたら、「千葉県八街市の神社が放火される」というニュースが流れました。


こうやって、日本は少しずつ侵食されています。

あなたの母校の金次郎像は大丈夫ですか?
いますぐ確認をとってみてはいかがでしょうか。


今日(2012 1/29)は熊本市で人権侵害救済法案反対デモがあります。


これ以上の日本侵食を防ぐべく、参加してきます。


世界に誇る日本の道徳力―心に響く二宮尊徳90の名言
世界に誇る日本の道徳力―心に響く二宮尊徳90の名言

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哲学者カントの生活や食事 認知症・パーキンソン病

哲学者の(イマヌエル)カントが 規則正しい生活をしていて、近くの住人がカントの行動で時計を合わせた、という話は有名です。


カントの一日はこんな感じだったそうです。

・朝は5時に起床した後、午前中は講義などの仕事
・昼1時に昼食をとり、4時ごろまで談話
・その後は1時間ほど散歩
・夜は勉強し、10時には就寝して睡眠時間7時間を確保する


食生活にも特徴がありました。


・一日に食べるのは昼食のほぼ一食だけ
・肉、魚、野菜、果物などを仲間と一緒に食す
・チーズが好物だった


朝はお茶を2杯飲むだけで、お茶の後はタバコを吸ったそうです。


極めて規則正しい生活を送っていたカントでしたが、72歳になると体調を崩し、講義ができなくなりました。


76歳では歩行障害から散歩も難しくなり始め、78歳になると庭にも出られなくなり、転倒することも多くなりました。


こうした行動障害はパーキンソン病と考えられ、加えて認知症らしき物忘れも悪化していきます。


ヤハマンという一番弟子も判別できなくなるのです。


死の2週間ほど前から何も食べられなくなりますが、最期はワインを飲んで息をひきとりました。


享年79です。

200年以上も前の話であり、喫煙もしていたことを考えると、かなり長寿と言えるでしょう。


カントは多くの財産を残していたそうです。

別にケチだったわけではなく、生涯独身で規則正しい生活に努めた結果の遺産でした。


平成23年4月6日 九州スポーツ新聞 
若林利光医師のコラム
「偉人たちに学べ 長寿への道しるべ」を参考にしました。


カントはこう考えた―人はなぜ「なぜ」と問うのか (ちくま学芸文庫)
カントはこう考えた―人はなぜ「なぜ」と問うのか (ちくま学芸文庫)

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スティーブ・ジョブズさんすい臓がんで亡くなる ウィキペディアから

すでに世界的大ニュースになっているように、スティーブ・ジョブズさんが亡くなりましたね。

MSN産経ニュースさん
前アップルCEO、スティーブ・ジョブズ氏死去
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/111006/biz11100608570003-n1.htm


当ブログの特性として、ジョブズ氏がすい臓がんだった件をとりあげますが、今回は雑記の面もかなり強くなっております。

このブログでは、すい臓がんについて以下の記事を紹介しています。


■喉頭がん、乳がんと並んで、すい臓がんは野菜摂取により発症率がほぼ確実に低下するがんである
http://www.valuableinfo4u.com/2007/12/post_663.html


■すい臓がんは診断・治療が難しく、すい臓がんが発症して長期生存の可能性があるのは、患部の切除手術が完全に成功した場合のさらにその一部に限られている
http://www.valuableinfo4u.com/2007/09/100.html


ジョブズ氏の闘病経過についてまとめてみます。

・04年 すい臓がんと診断されるが、治療可能だっため、8月に摘出手術を受け療養後復帰

・08年6月 第二世代 iPhone発表時に痩せた姿だったため、健康問題が取りざたされる

・08年9月 自身の健康不安を「自分の死亡説を流すのはやりすぎ」として否定

・08年12月 AppleがMacworldでの基調講演を行わないとの発表を行ったことで不安は再燃

・09年1月 6日に「体重減少はホルモン異常のため」とし、重病説や辞任説を否定 しかし14日には「6月末まで治療に専念する」として休職を発表

・2011年1月 18日に、病気による休職を発表

・2011年8月 24日にCEOを辞任

・2011年10月5日 56歳で死去


ジョブズ氏についてその他健康関連の情報

・ベジタリアンであり、食事にはこだわっていた アップル社の社員食堂のシェフはジョブズ氏自らスカウトしていた

・日本食を好み、特に蕎麦が好物

・禅に傾倒していて、スピーチでも禅の思想を引用していた 禅宗の僧侶、乙川弘文氏を精神的指導者と慕っており、結婚式にも招待した


実は私は、アップル社の製品とはほとんど縁がありません。

マックのパソコンは触ったことしかなく、iPhoneも持っていないのです。
(auから出たら契約しようかな・・・)


ジョブズ氏についても、ネット上でたまに目にする記事を読む程度で、ほとんど無知も同然です。


にもかかわらず、「個性が強烈そうだが、スゴイ人だなぁ」というイメージは持っていました。


氏に対する批判も多いものの、時代を作った人であることは間違いありません。
ジョブズ氏こそ「カリスマ」と呼ばれて許される存在だと感じます。


亡くなるにはあまりに若すぎました。
ご冥福をお祈りいたします。

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足利義満の死因は?くも膜下出血と台風

この記事は、平成22年 5月26日水曜日付け 九州スポーツ新聞若林利光医師の「偉人たちに学べ」長寿への道しるべを参考にしています。


室町幕府第三代将軍足利義満は、1408年5月31日に49歳で亡くなっており、死因は、一般には「咳気」つまり「風邪」とされています。


しかし、若林医師はカゼではなく、くも膜下出血だと見ています。
というのも、次のような理由があるからです。


・義満が亡くなった年は疫病や感染症は流行しておらず、また義満自身も49歳と壮年で元気だった


・ある日突然気分が悪くなり、翌日には今でいう「面会謝絶」になった
風邪が原因とは考えにくい


・症状の急な悪化→幾分持ち直して小康状態になる を何度か繰り返した
これはくも膜下出血によく見られる経過である


・軽度のくも膜下出血では、症状が頭痛だけの場合があり、現代でも「風邪」と診断されることがある
そのため、義満も風邪と考えられた


・亡くなった際、後継者についての遺言を残していなかった
というか、意識を失っていいため残せなかった?

ただの風邪なので遺言を残すほど深刻にはならないと考えられた

しかし、発症から三日後に病状が急に悪化してしまうこれ以後意識不明になり、遺言を残せなくなったのではないか

上で「症状は頭痛だけ」と紹介したように、クモ膜下出血では手足の痺れも出ないことがあるそうです。

そのため軽視されがちで、大変危険です。


ちなみに、くも膜下出血は8月に多い、というデータがあります。

くも膜下出血「8月」「月曜日」「台風」が危険とのデータ
http://www.news-postseven.com/archives/20110220_12886.html

台風も影響するとはちょっと意外です。
これからまさに「危険なシーズン」に入ります。


水の事故や熱中症ほどではないにしても、注意する必要がありそうです。


足利義満 - 公武に君臨した室町将軍 (中公新書)
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ロナルド・レーガン氏のタフガイぶり 暗殺未遂 がん アルツハイマー

第40代米国大統領ロナルド・レーガン氏については、俳優から転身した経歴がよく話題になります。

経歴のみならず、健康面でもレーガン氏は注目に値すると言えそうです。


レーガン氏は69歳で史上最年長の大統領に選出されます。


しかしその年に暗殺未遂に遭い、弾丸が肺に達する重傷を負ってしまいます。

手術は成功し、なんと3週間後には公務に復帰します。


その後74歳で大腸がん、さらには前立腺がんまで発症しますが、いずれも克服して2期8年間の任期を満了するのです。


しかし退任の年、趣味の乗馬中に落馬し頭部を打撲してしまいます。


およそ2週間後、慢性硬膜下血腫を起こすものの、この手術も成功し、またもや復帰を果たしています。


まさに「タフガイ」のあだ名にふさわしい強靭さです。


しかし3年後、81歳でアルツハイマー病と診断されます。
落馬による頭部の外傷が大きな原因と考えられています。


83歳の時には国民宛ての「手紙」の中で、「私は今、私の人生の満了に至る旅に出かける」として、自らがアルツハイマー病であることを公表します。


レーガン氏のこの発表は世界中に衝撃を与えました。


以後は療養を続け、93歳で肺炎により亡くなります。


自らが提唱した「強いアメリカ」を体現した大統領だった、と言えるのではないでしょうか。


平成23年 3月23日付 九州スポーツ新聞
若林利光医師の「長寿への道しるべ」を参考にしました。


世界でいちばん愛しい人へ―大統領から妻への最高のラブレター
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ニュートンの痛風とゴーギャンの梅毒

「万有引力の法則」で知られる科学者、アイザック・ニュートンは、晩年まで健康な歯を維持しました。


80歳を過ぎても、失くした歯は1本だけ。
そのおかげか認知症などとは程遠く、死の直前まで知的活動を続けました。


しかし歯が達者だったため、何でも食べられたのは思わぬ弊害を生んでしまいます。

ニュートンは「ぜいたく病」の痛風にかかってしまうのです。


当時の痛風は、最期には腎不全を起こし死亡してしまう病気でした。
ニュートンは尿路結石も発症してしまい・・・


・石畳を走る際の振動で結石の痛みが増すことから、死の数年前には馬車に乗れなくなった

・死の20日前になると、激痛でニュートンがあまりに苦しむため、ベッドだけでなく部屋全体が揺れるほどだった


・・・という記録が残っています。


死の数日前からは腎不全から昏睡し、そのまま意識を取り戻すことなく、1727年3月31日に84歳で亡くなりました。


(2010 12/1 東京スポーツ新聞 若林利光医師の「偉人たちに学べ 長寿への道しるべ」を参考にしました)


* * *


「タヒチの女」などが有名なフランスの画家 ポール・ゴーギャンは、晩年梅毒の症状に悩まされました。


パリの娼婦から感染したと考えられていて、ゴーギャンは入院を余儀なくされます。


49歳の時に、最愛の長女・アリーヌが亡くなるとゴーギャンは大きなショックを受け、この世で生きる気力すらも失いかけます。


しかし死ぬ前に大作を描こうと思い立ち、名作

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」

を完成させます。


その後ヒ素を飲んで自殺を図りますが未遂に終わり、54歳で亡くなるまで創作活動を続けます。

亡くなったのは1903年 5月8日でした。


ちなみにゴーギャンは23歳で株式仲買人になり、高収入を得ていました。

しかし、26歳で絵画塾に通い始めたことが人生を一変させます。


34歳の時に起きた金融恐慌を境に株式仲買人をやめてからは画家を生業にしたわけですが、絵は全く売れません。


貯蓄は無くなり、一家離散という結果に。
それからはずっと貧困との戦いでした。


(2010 8/4東京スポーツ新聞 若林利光医師の「偉人たちに学べ 長寿への道しるべ」を参考にしました)


ニュートン―万有引力の法を発見した科学者 学習漫画 世界の伝記
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石井直方教授 筋肉トレーニングする気がなくなった理由は?

「筋肉博士」として有名な石井直方教授は、東京大学の大学院生時代、貯金をはたいてトレーニング機器を購入したことがあります。


古い宿舎に「マイトレーニングジム」を作ったのです。


「思う存分トレーニングできる!」と嬉々としてトレーニングを始めたのですが、どうもピンときません。


誰もいない淋しい空間で、ひとり黙々とベンチプレスをやっても気持ちがまるで乗ってこないのです。


モチベーションがあがらず、トレーニングを休むことも多くなってしまいました。


それ以来、石井教授は


「トレーニングはひとりではなく、目的を同じくする人たちと一緒の空間で行った方が遙かに効果的」


と考えるようになったそうです。


ジムに来ている人達は、基本的に運動・筋肉オタク(語弊があるかもしれませんが)です。

各自がトレーニングに関する豊富な知識を持っています。


そういう人達から話を聞くのは、非常にためになるものです。

私も何度も経験があり、教えてもらったコツやポイントはいまだに覚えています。


周りの人との話に夢中になりすぎて、トレーニングできないのはいけませんが・・・。


基本的に、インストラクターさん含めジムにいる人とコミュニケーションをとって損になることはほとんどありません。


この春からジムでの運動を始めた方は、気づいた時にでも周囲の人と話してみて下さい。

自分を向上させる何かに気づくのではないでしょうか。


今回のエントリーは、トレーニングマガジンVol.14を参考にしました。


石井直方教授の関連製品です。
楽天市場での一覧です

ヤフーショッピングでの一覧です


トレーニングマガジン vol.14 特集:筋肉はアートだ! (B・B MOOK 674 スポーツシリーズ NO. 546)
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天海 健康長寿の秘訣 心構えや食事

徳川幕府で家康、秀忠、家光と三代の将軍に仕えた高僧、天海は107歳で大往生しています。


しかも認知症になることなく、頭脳明晰のまま亡くなったのですから、時代を考えるとまさに驚異的です。


健康オタクの家康も天海に長生きの秘訣を尋ねています。
天海は次のように答えました。


「長生きは、粗食、正直、日湯、陀羅尼(だらに)、ときおり下風(げふう)あそばれかし」


粗食は文字通り「質素な食事」です。

といっても、美食に対する「粗食」であり、「粗末な食事」というわけではありません。


「正直」とは「自分に正直に生きる」という意味で、後悔や心の乱れを無くし、精神の平静を保つために必要な要素です。


「日湯」は入浴で、風呂に入って信心する大切さを説いています。


「陀羅尼」とは「比較的長い呪文」のことで、お経を読んで邪念とストレスを無くし、心の安定を保つ意味があったと考えられます。


「下風」とは「おなら」のことで、我慢してはいけない、と説いていました。


「陀羅尼」や「正直」など精神面を強調しているように、天海は


「恬淡緩慢(てんたんかんまん)」


という言葉も残しています。


無欲であっさりとして、ゆったり焦らず、くらいの意味で、ストレスに悩まされないことが長寿の秘訣としていたのです。
(現代社会ではなかなか難しいかもしれませんが・・・)


天海は、若菜の炊き込みご飯と、きな粉、納豆が好物でした。

良質のたんぱく質にビタミンBなど、身体と脳に良い食べ物を常食していたのです。


天海が死の直前まで頭脳明晰であった理由とひとつと言えるでしょう。
さすがに大豆食品ですね。


ちなみに天海は、将軍が亡くなる際には延命の祈祷を行いましたが、自身の死に臨んでは祈祷を止めさせています。


「まもなく定められた寿命が尽きる。それは祈祷や薬で治るものではない

この世にはできないとされていることがあるのだ」


との言葉を残し、1643年11月13日(旧暦の10月2日)にこの世を去ります。


2011年2月9日付 九州スポーツ新聞
若林利光医師「偉人たちに学べ 長寿の道しるべ」を参考にしました。


江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン
江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン

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高杉晋作の飲酒 不摂生

以前このブログで、福沢諭吉はお酒の飲み過ぎで身体を壊した、と紹介したことがあります。


お酒をやめるためにタバコを吸い始めたものの、結局やめることはできず、タバコとお酒で身体を壊してしまったのです。

記事はこちら


幕末の志士、高杉晋作もお酒で健康を損ねたと言えそうです。


晋作は23歳の時、見分を広めるため千歳丸で上海に渡航します。
1862年のことです。


この時、1月に江戸を発ってからずっと「カゼ気味」だったそうです。

5月6日に上海に着いても、カゼは治りません。

それもそのはず、カゼを養生するどころかずっと酒びたりの不摂生な毎日だったのです。


現在では、晋作の症状はカゼではなく肺結核と考えられています。


上海から帰った晋作は攘夷運動に身を投じますが、思うように成果を得られず、自暴自棄になってしまいます。


酒色におぼれ、生活はますます乱れる一方に。

まだ若い晋作の体は確実に蝕まれていきます。


その後は倒幕に向けて大活躍し、幕府崩壊も間近というある日、晋作は吐血します。


結核の身でありながら、あまりの激務と不摂生がたたってしまったのです。


最期の病床で、有名な

「面白きこともなき世を面白く」

を詠み、「明治」が目前の1967年5月17日に27歳の若さでこの世を去ってしまいます。


2010 8/11付 東京スポーツ新聞 若林利光医師の「偉人たちに学べ 長寿への道しるべ」を参考にしました。


高杉晋作(上) (講談社文庫)
高杉晋作(上) (講談社文庫)

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貝原益軒が健康長寿だった理由

江戸時代の健康書として有名な「養生訓」を書いた貝原益軒は、83歳で亡くなる前年まで執筆活動を続けたそうです。

この時代ではちょっと考えられない長寿と言えます。

さすがに「健康オタク」の面目躍如、といったところでしょうか?


益軒がこれほど元気だったのは、歯が丈夫だったことが一因と考えられています。


82歳で「歯がしっかりしていて、1本も抜けていない」と自慢していました。

これは現代の基準でもスゴいことです。


歯が健康であれば、何でも食べることができますし、噛む動作が減らないことから認知症の予防にもつながります。


メルマガでも紹介したように、壮健な歯を保った歴史上の人物は、晩年まで元気に活動を続けていました。


総じて健康だった益軒ですが、夫人が亡くなると間もなく脳卒中を起こしてしまいます。

伴侶を亡くしたショックとストレスからか、益軒も間もなく83歳で天寿を全うします。
1714年10月5日のことです。


ちなみに益軒は

「中風(脳卒中)は肥満し、色白で、酒が好きな人に多い」と書いています。

ここでの「色白」とは、屋外で活動しない人、つまり運動不足の人を指すと考えられています。


現代の健康常識としても十分通用する内容ですね。


2010 7/22付 東京スポーツ新聞 若林利光医師の「偉人たちに学べ 長寿への道しるべ」を参考にしました。


日本史偉人「健康長寿法」 (講談社プラスアルファ新書)
日本史偉人「健康長寿法」 (講談社プラスアルファ新書)

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福沢諭吉の飲酒・喫煙 本日はメルマガ発行します

「学問のすすめ」で有名な福沢諭吉は、緒方洪庵の蘭学塾に通っていたころから、大酒飲みで有名だったそうです。


「私の悪いことを申せば、生来酒をたしなむというのが一大欠点」と自ら語っていました。

ある時、禁酒を宣言しますが、周囲は「続くわけない」と否定的。


そんな中、諭吉の気を紛らわそうと、友人が諭吉にタバコを勧めます。
結果的には、これが良くありませんでした。


諭吉はそれまでタバコを非常に嫌っており、塾生の喫煙には批判的だったのです。

しかし酒を飲めない辛さから、ついには自身もタバコを吸い始めてしまいます。


では禁酒は続いたのかというと、そうではありませんでした。
(なんじゃそりゃ)


結局我慢できずにまた飲み始めてしまい、60歳で完全に禁酒するまで飲み続けました。

タバコは一生吸い続けたそうです。


こうしたことが重なったからか、諭吉は65歳の時に脳卒中で倒れてしまいます。
一時危篤になりますが、奇跡的に回復。


しかし3年後にまた脳卒中の発作が起き、帰らぬ人となりました。
1901年2月3日、68歳でした。

(2010年 5月12日付 九州スポーツ新聞コラム「偉人たちに学べ 長寿への道しるべ」の内容を要約しました)


本日はメルマガ発行致します。
体幹についてお知らせする予定です。

私のメルマガについてはこちらをご覧ください。


アジア独立論者 福沢諭吉: 脱亜論・朝鮮滅亡論・尊王論をめぐって (シリーズ・人と文化の探究 8)
アジア独立論者 福沢諭吉: 脱亜論・朝鮮滅亡論・尊王論をめぐって (シリーズ・人と文化の探究 8)

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ピタゴラス エジソンの少食エピソード 石原結實医師の著書から

今回は、巷でも話題になっている(?)少食に関する逸話をお知らせしてみます。


少食の健康効果は大昔から認知されていたことがわかるのではないでしょうか。


以下に紹介するエピソードは、いずれも石原結實医師の著書「食べない健康法(楽天市場の石原結實医師の著書一覧へリンクします。購入者コメントもたくさん寄せられています)」の72~73ページに紹介してあります。

古代ギリシャの哲学者ピタゴラスは


「人の病気は過食からくる。

なるべく少なく食べよ。しからば、汝の体も丈夫になり、精神も立派になって、病の神も汝をどうすることもできなくなる」


と言っていたそうです。


実際にピタゴラス本人は黒パン、野菜、果物、ハチミツなどの粗食を一日2回食べるだけでした。

少食を習慣にし、数々の功績を残しながら長寿を全うしたのです。


ちなみにソクラテスも少食だっとか。


発明王トーマス・エジソンは、蓄音器を発明した時、9昼夜222時間、不眠不休で水だけを飲みながら実験を繰り返したそうです。


ある人がエジソンに


「あなたは、頭がとても良いのですね」


と聞いたら、


「頭脳は誰でも同じだよ。考えれば誰にでもできる」


と答えが返ってきたので


「お忙しいのに、なぜ考える時間があるのですか」


とさらに聞くと、エジソンは


「人は皆数時間眠るからで、寝なければ考える時間が生まれるのです。人は食べるから寝るのです」


と答えたそうです。


エジソンも少食で、黒パン、野菜、果物と魚を少々食べる程度でした。


うーむ、やっぱり少食は良いのでしょうか。

「歴史上有名な○○は大食漢だった」といったエピソードは聞いたこと無いんですよね。

探せばあるのかも知れませんが。


無病法
無病法

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泉重千代さんの長寿の秘訣

最近は元気なご長寿が多くなり、100歳以上の方も珍しくありません。


私と同じくらいの年代(30代後半)以降の方は、ご長寿と言えば、鹿児島県の泉重千代さんを連想する方も多いのではないでしょうか。

泉さんは1986年2月21日に満120歳(!!)で亡くなっていますが、ご健在だった頃の生活の一端を紹介してみます。


102歳になっても庭の草むしりをしたり、植木の手入れもする。


昼は油で炒めたソーメンを食べる
その後は三時頃まで昼寝
インスタント食品は食べない


足腰も強く、目耳口も達者で問題なし。


長寿の秘訣を聞かれると、

「早寝早起きして、適当に体を動かして身の回りをいつも清潔にすること」

なのだそうです。

(ちなみにウィキペディアによると、泉重千代さんの年齢についてはいろいろ議論があるのだとか)


「身体を適度に動かす」ことはやっぱり大事のようですね。

私個人的には、農業をやっているお年寄りはいつまでも元気、という印象があります。


私が小さい頃に亡くなった祖母も農作業を毎日やっており、実にこまめにいろいろな仕事をやっていました。


耳は少し遠くなっていましたが、認知症などとは無縁でとても元気でした。


年をとって身体が思うように動かなくなったとしても、「家に閉じこもってテレビばかり観ている」のは絶対良くないと言えそうです。


日本の長寿村・短命村―緑黄野菜・海藻・大豆の食習慣が決める
日本の長寿村・短命村―緑黄野菜・海藻・大豆の食習慣が決める

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森田勉社長のダイエット法

ブランド品販売のロイヤルシステム株式会社森田勉社長は巨大なリーゼントが強烈な印象を与えます。


森田社長は太りすぎで糖尿病になってしまったそうです。
そこで還暦を過ぎてからダイエットを始め、07年までの二年間で92kgから69kgに減量しました。


森田社長によると、ダイエットには次のようなポイントがあるそうです。


・早食いをしない。
一気に食べると満腹感が得られず食べ過ぎてしまう。


・夜遊びは避ける。
どうしても外で飲食する時は、おつまみなどの食べ物は口にしない。


・ダイエット以外のストレスは残さない。
ダイエットだけでもストレスになっているので、それ以外のストレスは極力減らす。
ストレスがたまるとどうしても食べてしまう。


・寝る三時間前からは食べない。
どうしても食べたい時はカロリーゼロのコーラを飲むか、ゼリーを食べる。
甘味がありお腹にたまるので脳をごまかすことができる。


・コンビニ弁当を食べる時はカロリーを確認
コンビニ弁当は摂取するカロリーがはっきりわかる。
何度かに分けて食べるなど工夫をする。


森田社長いわく、ダイエットのコツは「脳をだますこと」なのだとか。
食べたくなったときにいかにごまかすか、とも言い換えられると思います。
「一週間頑張ることができれば胃が小さくなるので食べたくても食べられなくなる」そうです。


楽天のダイエットグッズランキング
一番人気のあるグッズがわかります。
毎週更新です。


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徳川家康は健康オタク?食事や薬の調合など

日本で最もよく知られ、なおかつ歴史のある健康好き有名人といえばやはりこの人、徳川家康ではないでしょうか。


家康は医学の知識が豊富で、薬も自ら調合したとか。
久能山東照宮には家康が使った薬箱や薬研(やげん)が残されています。
精力剤も作ったという説まである一方、水銀を配合するなど時々とんでもない薬も作っていたようです。


粗衣粗食を心がけ、麦飯を常食し、味噌を好みました。
消化の良さや栄養のバランスなどを考えて、自ら献立を作り、台所に伝えていたとも言われています。


また信長から季節外れの桃をもらったものの、家康は「自分のような小物にはもったいない」と遠慮したそうです。
「自分が食べるなどおそれ多い」というわけですが、家康としては「季節外れのものは食べたくない」というのが本音だったようです。


「運動は健康に良い」ということを当時すでに意識しており、鷹狩りなどで積極的に体を動かしています。
病気らしい病気をしたことが無く、66歳になっても子供を作り、69歳の時には川で泳いでいます。


肥満体でしたが、75歳まで生きました。
死因は食中毒(鯛のてんぷらにあたった)とも、胃がんや梅毒とも言われています。
ちなみに家康は茄子が大好物だったそうです。


当時の75歳というとものすごい長寿ですよね。
織田信長が「人生50年・・・」とか唄ってますし。
でも、歴史小説などを読んでみると、80歳以上など長生きしたとされる人が意外と登場する印象があります。

魚をたくさん食べ、長距離を歩くなど普段の生活で意識せずとも運動をしていたからでしょうか。

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川原ひろしさんの低炭水化物ダイエット

有名ラーメンチェーン社長で、現在タレントとしても活躍している川原ひろしさんは、いわゆる低炭水化物ダイエットを行い1ヵ月間で10kgやせたそうです。

野菜中心のサラダや惣菜をしっかり食べて、炭水化物はご飯を3日に一度食べるだけにしました。
川原さんいわく「無理なくやせられるし体調もいい」そうです。


今後はジムワークや水泳を取り入れて20代の体型を取り戻すのが目標だとか。


低炭水化物ダイエット(らしきもの)は私も一時期やったことがあります。


ご飯の量を減らす程度のごく軽いものだったのですが、私には結構きついものでした。
私が炭水化物好きだからかもしれませんが・・・。


炭水化物を減らすと、なぜか無性にビールを飲みたくなったのを覚えています。
炭水化物の摂取量が減ったことと関係しているのでしょうか?


「食事の炭水化物を減らしてダイエットをする」というのは、今ではある程度定番になったダイエット法かもしれません。


しかし、一概に「じゃあ徹底的に炭水化物を避ければ良いんだな」と解釈するのは危険だと思います。


特に、成長期や活動の活発な若年層が炭水化物を極端に減らすのは良くないでしょう。


炭水化物は重要なエネルギー源であり、体だけでなく脳が活動する際にも絶対に必要なものです。
特に朝食で炭水化物を抜いてしまうのは私はおすすめしません。


学校に行っている学生ならなおさらです。
とりあえずは夕食の炭水化物を少なめにしてみてはどうでしょうか。


アトキンス式 低炭水化物ダイエット
アトキンス式 低炭水化物ダイエット

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鈴木宗男さんの健康法 ジム通い・筋トレなど

衆議院議員の鈴木宗男さんは40歳になるころからジム通いを続けています。


筋トレやランニングマシンを中心に1時間程度の運動を週に2~3回続けているのです。

胃がんにかかり、胃の三分の二を切除したので食事量は昔の5~7割程度になり、体重も7キロ減りました。


それでも日ごろのトレーニングのおかげでフルマラソンに完走する体力を維持しています。


ベンチプレスは70キロ10回を4セットこなし、テレビ企画で挑戦した「ぶら下がり耐久勝負」では、あの肉体派レイザーラモンHGさんに勝利しました。


朝食は和食か洋食、どちらもいけます。
いずれの場合でも奥さん特製のミックスジュース、らっきょう、玉ねぎは欠かさないとか。


らっきょうと玉ねぎのミックスジュースとは、相当強烈だと思いますが、体には確かに良さそうですね。
しかしこれは生の状態で作るのでしょうか?


生のままでは胃への刺激が強すぎると思います。


ある程度は火を通さないと刺激が強すぎるでしょうし、第一そう簡単には飲めないのでは?
(においもキツいでしょうし・・・)


私個人的には、玉ねぎやニンニク、あるいはピーマンを細く切ったものを酢とポン酢を混ぜたものに漬け込んだものを常備しています。
(ちょっとおしゃれにマリネなどと呼んでいますが)

玉ねぎやニンニクの刺激が抑えられてなかなかいい感じです。


ココカラボが教える 中高年のためのステッププラス・エクササイズ ~100歳まで転ばない! 頭と体の楽しい体操~
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ファイザー社の吸入式インシュリン・エクスベラとは 使用できないケースも

米医薬品大手ファイザー吸入式インシュリンエクスベラ」が06年1月27日、米食品医薬品局によって認可されました。

欧州委員会も同月26日に認可しています。

エクスベラは遺伝子組み換え技術で製造されたヒトのインシュリンの粉末で、めがねケース大の専用吸入器で口から吸い込みます。

使用する際は30cmほどの長さの筒状になります。


糖尿病患者の負担を軽減することが期待されており、米国では06年なかばまでに販売が始まる予定です。


糖尿病の対症療法としてインスリン注射があります。


一般的には「毎日数回注射をするのは大変だろうなぁ」というイメージがありますが、インスリン注射では万年筆ほどの注射器で非常に細い針を使うので、痛みはほとんどありません。

また腕の血管に刺すわけではなく、一般にお腹に刺します。


負担は軽いとはいえ、注射であることには変わりないので、注射が苦手な人にはエクスベラは大きな助けになるでしょう。


ただしエクスベラを使うとしても、インスリン注射の必要が全く無くなるというわけではないようです。

「基礎インスリン」は注射などで補う必要があるそうです。


エクスベラはぜんそくなど肺や気管支に障害のある人は使用できません。
また喫煙習慣のある人も使えません。


エクスベラを使い始めたら、肺の定期検査を受けなければいけません。


石丸式 東洋医学による糖尿病改善法 [DVD]
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ビル・ゲイツ氏は子宮がんを研究しています。

世界の大富豪として有名なビル・ゲイツ氏は、母親を子宮がんで亡くしています。


それ以来ゲイツ氏は子宮がん撲滅に情熱を燃やし、アメリカで子宮がん研究の権威といわれる四人のうち三人を引き抜き、子宮がん撲滅のための研究所を設立してしまいました。


ゲイツ氏自身も子宮がんについて勉強を続け、今では並みの研究者以上の知識を持っているそうです。


またゲイツ氏は、あらゆる分野の書物を大量に読む読書家としても知られています。


ゲイツ氏は、妻メリンダ・ゲイツ、父親のウィリアム(ビル)・ゲイツ・シニア氏とともに「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」という慈善団体を作っています。


この団体は05年に国際団体「ワクチンと予防接種のための世界同盟」に、民間としては最大規模の7億5000万ドルもの寄付を行っています。


ゲイツ氏は、08年7月にマイクロソフト社の経営とソフト開発の第一線から退き、「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ基金」の活動に専念すると発表しています。


同基金は、途上国のエイズ、マラリア、結核の根絶や教育水準の改善などに尽力しており、今後は寄付を拡大する方針も明らかにもしています。


ちなみにゲイツ氏は「レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿」を保有しています。
これを保有しているのは世界でもゲイツ氏ただ一人だけです。


世界一の富豪として知られる氏ですが、一般旅客機に乗る時には必ずエコノミークラスに座るのだとか。
(とはいえ、自家用ジェットを所有しています)


夢は必ずかなう―物語 素顔のビル・ゲイツ
夢は必ずかなう―物語 素顔のビル・ゲイツ

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